生々しい洗脳の恐怖。『侵蝕 壊される家族の記録』感想
あまりに非現実的なせいで、かえって恐ろしく生々しかった。
【※暴力的な表現・グロテスク描写に注意※】
【※ネタバレ有※】
『侵蝕 壊される家族の記録』(著:櫛木理宇さん、角川ホラー文庫)読了。
何故人はこうも簡単に自分を失ってしまえるのだろうか。
大好きな娘の顔を頬骨が陥没するまで殴る。1歳にも満たない実子の首を絞める。
それらすべてが、勝手に家に転がりこんできた見知らぬ女の命令に、愚かしくも唯々諾々と従って行われたことなのだ。
このような「命じられるままに傷つけあう家族」のさまが非現実的で、それがかえって生々しくおぞましかった。
狂った人の症状もたくさん拝見できたが、どれも生々しく具体的。ちっちゃな軍用ヘリが大群で襲いかかってくる、ストーブを強にしてるのに寒がるなど。
「世界一大事にしていた二人の娘をコロした」と語る男性が述べた「殺害の理由」も恐ろしい。
『父親が殺人犯になってしまったなんて、可哀想でしょう。娘たちは温室育ちで、つらい生活にとうてい耐えていけませんから』
遺体の処分方法もリアル。あまりこんな場所に書くものでもないと思うので、割愛するが。
その男性を縛っていたのが「証文」と呼ばれる署名捺印つきの、被害者たちの発言録。彼らが放った妬み嫉みの言葉を書き連ねたものだが、どれもチラシの裏に殴り書きしたようなラクガキ同然のものだったそう。
そんな幼稚なものの拘束力を本気で信じてしまうことが、何とも恐ろしい。
……まあこの男性のエピソード、真相は別のところにあるのだが……。それはここでは語るまい。
『警戒心を解いた瞬間が一番侵食されやすい』という知識はぜひ覚えておきたい。真面目な長女が一番狂った点が説得力を増している。
僕も警戒心は強いほうだと思っている。だからこそ騙されやすい。忘れてはならない知恵だ。
浸蝕者・葉月は極端に犬を怖がる。最初は「そんな大げさな……」と思ったが、恐怖を覚えたきっかけを知ると、たしかにとてつもなく恐ろしかった。犬を前にしたときの彼女の怯え方は、むしろ落ち着いているようにすら見えた。
他者に依存せねば生きられない人々。
命じられるままにどんなことでも行ってしまえる人々。
そんな人ばかりの中、加害者でもあり被害者でもある「ヤドカリ女」が、自ら手を離すシーンは感動的。
彼女は「山口葉月」という人格に乗っ取られていたとも言える。自らの手で、その寄生者を払い落とすことができたのだ。
ラストシーンの手紙の内容。
『映画やドラマでは真実を思い出した人は途端に楽になるが、実際は苦しくてたまらない』という言葉が印象的だった。
苦しくてたまらない。だから悪い記憶を箱に閉じこめて厳重に鍵をかけている。
けれどやはり向きあわずには前に進めない。
とても心を揺さぶる本であったーーと言いたいところだが、正直長編小説を読むのが久々だったことで、前半はつい駆け足で読んでしまった。もったいないことをした。
後日再読したい。
*試し読み! 冒頭60ページ分!(KADOKAWA公式HP)→【侵蝕 壊される家族の記録 櫛木 理宇:文庫 | KADOKAWA】