コボレ恥之介と 石の下でさざめく記事たち

元・マンガ家志望。小説・映画・漫画の感想や表現技法の勉強、自作品の批評など。僕がアウトプットするためのブログです。

DV夫vsプロボクサー妻!? 萩原浩さんの短編集『冷蔵庫を抱きしめて』感想

あなた色に染まります(物理)。

 

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『冷蔵庫を抱きしめて』(萩原浩さん、新潮社)読了。
萩原浩さんは2016年、直木賞を受賞した作家だ。
そのときの受賞作・『海の見える理髪店』を生むきっかけとなったのがこの『冷蔵庫を抱きしめて』という短編集。

 

 

『冷蔵庫を抱きしめて』は人間ドラマを得意とする萩原浩さんが、現代人の心の闇と解放をシニカルに、ときにコミカルに描き出した全8編からなる。

その中でも僕が一番お気に入りなのが『ヒット・アンド・アウェイ』という作品だ。

 

 


【※ネタバレ注意※】

 

 

 

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『ヒット・アンド・アウェイ』は、DV夫に立ち向かうため、か弱い妻がボクシングジムに通い出すというストーリー。

 

 

その中でも僕が一番感動したのは、ラストシーン。
そこでこのDV夫は、自分を切り捨てようとする妻のことを繋ぎとめるためにこんなことを言うのだ。

「やり直そうよ。今度こそちゃんとお前を俺色に染めるから」  

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夫の愚かしいほどのわがままっぷりに限界がきて、サヨナラを言い渡そうとする妻を、「わがままを許す女」に変えようとしている。横暴にもほどがある!

 

 

 

まあたいていこの手の話の大団円というのはここでNOを言う選択を取ることだろう。
しかしこの妻は違う。「俺色に染めるから」という言葉に対し、なんとYESで答えてしまうのだ!!

 

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彼女はボクシングジムで激しいトレーニングを積み、本気でボクサーを目指さないかとスカウトを受けるほどの実力者となった。
強者になったはずの妻が何故、チャイルドすぎる馬鹿夫とやり直そうとしてしまったのか?   

否。

 


彼女は「やり直そうよ」に対してはYESを提示していないのだ。
彼女が肯定をしたのは、「俺色に染める」という点のみである


……どういうことか?
それでは、このラストにいたるまでの過程を少しばかり紹介させていただこう。

 

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厳しいトレーニングを経て強靭なボクサーとなったこの話のヒロイン・幸乃さんは、DV夫との直接対決を設定することができました。

 


DV夫のヘロヘロパンチを軽々避け、彼の身体に強烈な拳を叩きこみます。まず行ったのは、鼻っ面へのストレート。感触はサンドバッグの革より少し柔らかかったとのこと。

 

 

続いて狙った場所は柔らかいストマック(胃)。プロボクサーの道も考えている自分自身をいたわって、拳への負担の少ない場所を選んだのです。かっこいい。
余裕綽々な幸乃さんにDV夫が叶うはずもありません。この圧倒的な実力差は、虎vs子リスとでも言いたいほど。

 

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虎の鋭いパンチをいくども食らったせいで、DV夫はボロボロ。鼻からは血を吹き出すし、ゲ口も吐いてしまっている嘔吐物は血と混じり彼の顔面をピンク色に染めています

 

 

そこまで来ておいてDV夫が発するのこそ、先ほどのあの言葉なのです。


「やり直そうよ、今度こそちゃんと、お前を俺色に染めるから」

 

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幸乃さんは彼が言葉を言い終えるより前に、彼の顔面へ、渾身の右ストレートをぶちかます

幸乃さんの拳は、彼の血と嘔吐物が混じった液体によってピンク色に染まりました

 

 

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そう。
「俺色に染める」というクソ発言に、幸乃さんはこのように物理的にYESを放ったのだ

 

「俺色(=俺の吐瀉物色)に、拳を染めた」のだ!!!!!!!!

 

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この言葉遊びに気付いたとき、思わず僕は電車内で笑ってしまいました
見事な皮肉。僕は皮肉屋が大好きだ。

 

 

 

 

 

ただ不運を嘆いているだけでなく、行動に移すキャラクターはかっこいい
僕は常々そう思います。

 

 

 

勇気の出る作品でした。

幸乃さんは、正当防衛を成立させるためにわざと相手の拳を顎に少しだけ食らったところもかっこよかったなぁ。プロすぎる。


他にも自分の顔が嫌いで仕方なくて隠そうとするあまり人間関係が悪くなり、仕事もクビになる『マスク』や、拒食症の苦しみを生々しく描い出した表題作『冷蔵庫を抱きしめて』などもお気に入り。



少し疲れたとき、この本の主人公たちと語りあってみるのはいかがでしょう。

 

 

 

 


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*第155回直木賞受賞作『海の見える理髪店』情報(集英社文芸単行本公式サイト)→【海の見える理髪店 荻原浩|集英社 WEB文芸 RENZABURO レンザブロー