コボレ恥之介と 石の下でさざめく記事たち

元・マンガ家志望。小説・映画・漫画の感想や表現技法の勉強、自作品の批評など。僕がアウトプットするためのブログです。

【読書感想文集】不純愛にときめくアナタへ届け

無差別快楽殺人鬼の純愛。恋人と一緒にいるために、恋人を食べることにした男。略奪愛の記憶に生涯支えられた女……。

人は常に美しくはいられない。ヘドロがこびりついて取れなくなった自分にも、祝福は訪れるのだろうか。
苦痛のトンネルを抜けた先に、さらに広がる無限の暗い夜。そこをひっそりと照らす星……。
そんなイメージを持つ本を、1月はよく読んだ気がします。

そんなわけで、以下は拝読本の感想まとめ。

 

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◆『ユリゴコロ沼田まほかるさん、双葉文庫

 

僕は本を読んで泣くことはさほどないが、「私」さんの手記を読んでいたら、涙が出てきてしまった。「私」の手記は、僕・コボレ恥之介の手記だと思った。
「私」さんが真っ暗な井戸に大切な生き物を落とすのは、死後の孤独が怖いからだろうか。


『 俺は、自分の前に現れるどんなまともな女に対しても、あのできそこないの女に抱いたような愛情は抱けないだろう』

ここでまた泣いてしまった。

きっと僕も……そう言われたいんだろうなぁ。僕のようなできそこない、なりそこないに、欠陥を知った上で、特別な愛情を、僕だけへの何かを、……。

 

ラストでもまた、泣いてしまった。号泣してしまった。ここまで泣いた本は過去にあったか?
二人だけの場所へ行く。それは何だか、何だかとても、……綺麗なものだなと思った。
穏やかな日々が、この二人の行く先にあってほしい。祝福されるような人間ではないが、溢れんばかりの祝福を受けてほしい。

 

何だろうなぁ。「私」さんは快楽殺人鬼だけど、最後は穏やかな日差しの下で、花畑で、花かんむりをつけて笑いあっていてほしい。別にあれらの行動を許す訳でも同情している訳でもない。腐れ外道のクソ畜生だとシンプルに思う。ただ、僕のほしいものを、この人が代わりに、不当に受け取ってほしい。
「私」さんは、息をするように人をコロすというよりも、息をするために人をコロすというか、息をすることの一貫に「コロす」が入っているというか……。コロすように息をするというか……。食事睡眠排泄とまったく同列に殺人があるというか……。殺人より、吸血鬼が血を吸うのに感覚が近い気がする。

 

 

 

 

短編集『主婦病』(森美樹さん、新潮文庫

 

『まだ宵の口』が妙に刺さった。ヒロインが割った皿の破片が胸部に突き刺さって抜けないような、鋭い痛みを伴う刺さり方。執着を手放そうとする終わり方に安心できた。人の幸せってやつは、テンプレをなぞればいい訳ではない。簡単じゃない。
「普通の幸せ」とは違う道を歩くのには、とても大きな勇気がいる。僕やこれらのヒロインに必要なのは、たぶんそれだ。

 

 

 

短編集『ため息の時間』唯川恵さん、新潮文庫

 

『バス・ストップ』の妻の手口が鮮やか! 不倫夫に尽くす妻。一見無意味と思える行動。だがその意図に驚いた! 一年間たっぷり甘やかしてから離婚、手のかかる夫に仕立て上げてから次の妻(不倫相手だった女)に手渡すのだそう。策士やで!


『僕の愛しい人』は! 僕の! 大好き〜な! 展開!

最愛の女、千晶がシんだ後……。


『二ヶ月、かかった。千晶は完全に僕のものになった。というより、僕と千晶は一体になった。今はすでに、僕の身体の隅々にまで千晶が存在している。もう、僕たちは二度と離れない。一生、一緒にしよう』

 

食べた?!? 食べたんだな? 千晶さんをな?!
僕はね……大好きなんですよぉ、歪んだ愛の、ハ・ナ・シ……(満面の笑み)

 

 

 

 

アンソロジー『あの街で二人は』(新潮文庫)

 

『アンビバレンス』(著:村山由佳さん)が印象的。ペットのインコを大事にする女性の話でした。
男がインコの頭をふざけて口に含むシーンは衝撃! 知らない人にいきなり食われて怖かったよね、インコさん。ヒロインが彼を赦さない人でよかった。

 

 

 

 

◆アンソロジー『偏愛小説集 あなたを奪うの。』(河出文庫

 

『朧月夜のスーヴェニア』(著:窪美澄さん)のエッッロさ何なん?!?

 

ただ二人で道を歩く。距離を取って歩く。無言で歩く。それだけなのに!

何故こんなにも! 卑猥なんだ! おい!!

致してる場面を遥かに凌ぐ究極ド工ロ描写でした。
並んで歩くってすげーーーー意味のあることなのだなと改めて思った。このスケベが!(←?)

ちなみにスーヴェニアとは「自分のためのお土産」という意味の言葉のようだ。人に決められた許嫁でなく、自分で選んだ相手との時間。それが彼女の宝ということか。自分の意志で行動するのは大事なことよね。

 

『夏のうらはら』(著:千早茜さん)の恭一さんと絹子さんの関係性も好きだな。

「あんな出来のいい子が嫌いって口にする意味をちゃんと考えたの? あたしが嫌って言っても、あなた構わず来るじゃない。でも、あの子に嫌いって言われたらすごすご引き下がるんだ」 
気づいてないが、心の奥に相手を求める感情がある。素敵じゃないですか。愛でなく憎しみが命を救うとは。

 

『それからのこと』(著:彩瀬まるさん)も印象深い。
『大輔は、小説や詩を読むのが好きな男です。社会と対峙するのが本当は怖いくせに、理屈で身を守っている男でした』
 

このセリフ、僕のことすぎて心臓がズキィッ! ってなりました。はい……怖いから理屈で武装するんですよぅ……。仕方ないじゃないですかぁ……。

そういえば最近ハマっているシェイクスピア作品には、寝取られ男になることを恐れる男がびっっくりするほどいるのだが。この話の平丘さんみたく、寝取られようがよき振る舞いさえすれば、実は評価が上がるのだ。まあ時代が違うから比較するようなもんじゃないかもだけどね。

言うて平丘さんも最後騙されるが!

 


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◼︎各小説の詳細情報(リンク先は出版社公式サイト、もしくはamazon◼︎

 

◆『ユリゴコロ』→【株式会社双葉社|本の詳細 | ユリゴコロ|ISBN:978-4-575-23719-1


◆『主婦病』→【森美樹 『主婦病』 | 新潮社

 

◆『ため息の時間』→【唯川恵 『ため息の時間』 | 新潮社

 

◆『あの街で二人は』→【https://www.amazon.co.jp/dp/410133255X/ref=cm_sw_r_tw_awdo_c_x_7fjzEb4J6VYKF

 

◆『偏愛小説集 あなたを奪うの。』→【あなたを奪うの。 :彩瀬 まる,窪 美澄,千早 茜,花房 観音,宮木 あや子|河出書房新社

生エ口表現にネジ抜かれ……【読書感想文集】

恋愛小説ってやつは、何故こうも不倫ものが多いのだ。

 

大人の恋とはそういうものなのか? 僕のような8歳女児にはよく分かりません。

『LOVERS 恋愛アンソロジーは裏表紙に「不倫もある」というような書かれ方をしていたので、1作くらいあるくらいかと思っていたのに、中を開いたら不倫不倫に次ぐ不倫やんけ! 不倫じゃないにせよ、何だか素直に「キュンキュン♪」ってのとは違うような、もや~っとした感覚を覚える話で。大人の恋って複雑怪奇。いや、怪奇なのは恋のほうでなく「大人」のほうなのかも……?

以下、本編。ツイッターにて呟いた読書感想文のまとめです。

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『LOVERS 恋愛アンソロジー祥伝社


『プラチナ・リング』(著:唯川恵さん)に印象的な一文が。

『惹かれるというのは、自分の中の螺子がひとつずつ抜き取られてゆくことに似ている』
僕はずっと、惹かれるとは好きの幅が「増えていく」イメージだった。が、恋の本質はこちらなのかもしれないと思った。

 

『身体の窪んでいるところも突起しているところも各務の舌と吐息で埋め尽くして欲しい』
こちらは、何ともエ口ティックな文章だ。光景が浮かぶだけでなく、情緒的でもある。

読了後はうっかりよろめいてしまった。比喩でなく実際に。こ、こ、これがありありとした文章のパンチ力かよ……!

感情表現が生々しい作品だった。この方の他作品も拝読したい。

 

 

 

アンソロジー『女ともだち』(文春文庫)

 

『水底の星』(著:大崎梢さん)、嫉妬を向けられる少女が、「今日の睨まれ度」を数値化して笑い話にするのが強いと思った! ……のに、まさかその子が嫉妬心で人を押して大怪我させるとは。嫉妬は関心を向けないのが一番か……。
怪物と対峙する者が自ら怪物になってしまうという展開が僕は好物です。深淵を覗くとき深淵もまたこちらを覗いているのだよ。

『こっちを向いて』(著:額賀澪さん)も印象深い。
仕事で繋がった人と友達になりたいが、心地よい関係性が壊れることを怖がるヒロイン。他のもの(転職先)をみている彼女を無理やり自分に向かせる勇気が持てない。
その戸惑いは恋のよう……という表現は野暮だ。恋も友情も、どちらも人間関係という土台の上にあるものだから。

 

 

 

短編集鉄道員(ぽっぽや)』浅田次郎さん、集英社文庫

 

偽装結婚をした、顔も名前も知らない中国人女性が亡くなり、彼女から主人公へ書いた手紙をもらう話、『ラブ・レター』が強く心に残った。駅のホームで読んでいたのに涙がこみ上げてきてしまった。
亡くなってから初めて想いが結ばれる。切なすぎる。
我々人間はあわれなもので、失って初めてそれがいかに大切かを知ることがしばしばある。そうなる前に何故気づけないのだろう。相手が自分にとってどれほど大切かを判別できる、リトマス紙があればいいのに。いや、ないからこそ、人は何かを大切にできるのかもしれませんし……。

 

『もう何もせんでいい。俺と、結婚してください』
このセリフ好きすぎた。愛を感じる。たくさん苦労してきた奥さんに対し、そんな風に想えるなんて。別の出会い方をできていれば……。……いや、この出会い方であっても、一緒になる道を選択できたかもしれない。手放してしまったのは彼ら自身ではなかろうか。廻る世界の中で違う出会いをし、今度こそ幸せな未来を歩んでほしい。

 

長年映画館を切り盛りしてきた夫婦が登場するオリオン座からの招待状にもステキなセリフが。
『ご苦労さんやったなあ。疲れたやろ。映画、一緒に見よな』
閉館するその映画館の、最後の上映開始のとき、亡くなった妻に夫がかけた言葉である。

愛情の言葉が詰まった一冊だった。

 

 

 

短編集伊豆の踊子川端康成集英社文庫


やはり文体は読みづらい……が、何だこの求心力は。続きが気になって仕方がない。

知人の女を解剖医に渡す『死体紹介人』に、気になるフレーズ。
『死んだユキ子は女の体として、使われる限り使われたのです』

この解剖医曰く、若い女の死体が手に入ることはレアらしい。若い女のもつ「若い女としての価値」なるものを、真に、ただ純粋に求めるのは、解剖医のみに違いない。

 

十六歳の日記に気になるシーン。そこには『日記が百枚になれば祖父は助かる』という願かけの下に、原稿用紙100枚分の日記を書こうとする主人公(=川端康成氏)の姿が。
日々を記録することに、氏ほどの方すらも執着したなんて。日記の持つ奇妙な魔力、考えさせる。

オチにもハッとなった。日記に書いた日々を忘れてしまうとは……。『人間が過去の中に失って行くもの』という一文は寂しい。しかし『これらの日々はカバンの中に生きていて』という表現に安心。
苦しむ祖父の姿について、川端康成氏が『記憶の中の祖父の姿より醜かった』と言ったのも気になる。ありのままの光景というものは、その場で書き落とさなければ失われてしまうものなのだ……。
別の方の小説で「時間を繋ぎ止めるために日記を書く」という表現があった。日記は前に進もうとする馬を強引に制止させる手綱みたいだ。人はみな、目の前にある事象をコントロールしたがるものなのだろう。

記憶vs記録という話にも思えた。
記録とはやはり不思議な力を持った行為だ。

 

『温泉宿』で指を血が出るほど噛むシーンは驚くほどに生々しかった。何故あの短文でこれほどに色を感じさせるのことができるのだろう。

 

『初めのうちーーお滝は顔を両の掌に隠していたが、やがて右の親指を口に入れて、ぎりぎり噛んだ。
起き上がった時に見ると、歯型の傷から血が流れていた。』

 

これ以上に生っぽい文章は、この世界にいくつ存在するだろうか……。

「しとしとと濡れた肌」「濡れた目」など、女性の美しさに対する表現は「濡れた〇〇」が多い気がする。美しさにはみずみずしさも大事なのよという、"化粧"の真髄を小説の中に見た。

 

 

 

アンソロジー『変愛小説集(ヘンアイしょうせつしゅう)』(訳:岸本佐知子さん、講談社文庫)

 

A・M・ホームズ氏の『リアル・ドール』が衝撃的。バービ一人形と真剣交際する話。喋る人形とのおつきあいのアレコレの描写に驚いたが、編訳者あとがきの指摘に納得。
『異性という未知の生き物を前にしたティーンエイジャーのとまどいやときめきを、じつに生々しく伝えている』

思春期の少年にとって女子はこの、喋るバービ一人形も同然なのかもしれない。やかましくて身体つきが違いすぎて、可哀想な目に遭っていると救いたくなる。でも本当は自分も粗雑に扱いたい?
主人公にとっての「女子」は、身体つきさえ自分と違えば……リチャードさえついてなければいいのだろう。男型人形ケンとのラブシーンは、そういう意味なんじゃ。頭だけになったバービ一には関心ゼロだもんね。
ラストシーンはどういう意味なんだろう?
あと妹ちゃん、加虐性が過剰だが大丈夫?

人形に恋する、というのは分かる。どこぞの国ではかつて、死体のフリをしてくれる(=終始動かない)娼婦が人気だったと聞いたことがあるし。
バービ一に走った主人公は彼女をうるさいと思ったころ、今度は物言わぬケンに魅了される。やはり「人形」であってくれるのが主人公にとって大切なところなのだろうか。
バービ一をいじめる妹も。

 


『ブルー・ヨーデル』(スコット・スナイダー氏)も心の奥に何かを投げこまれる感覚が。半日考えて分かったのは「私によく似ている」という気持ちだった。失って初めて、いかに大切かを知る愚かさ。

手に入らないとどこかで分かりつつも、目の前にちらつく「小さな可能性」を追い求めて、どこまでも行ってしまう愚直さ……。
「今」の時系列の場面では、彼女の姿は一切見えない。夢幻のようなそのさまは、何かの象徴のようだった。馬鹿馬鹿しいとしりつつも、人は見えない何かを強く追い求めてしまうのだ。
あ、なんか、真面目に涙が出てきた。苦しい。この小説は、じわじわと効く。

 

本当はこの話ね、読みながら「あんまり面白くないなぁ」って思っていたのよ。でもただの「面白くない」じゃなかった。読まねばならないと思わせる「面白くない」だった。それは無意識に、主人公を通して自分の愚かさを見ていたからかもしれない。
だからこそ終わり方は嬉しかった。

この後どうなっても、この瞬間だけは永遠だ。

 

『ブルーヨーデル 』の拝読時に思い描いた光景が、脳裏に焼きついて離れない。

どこまでも続く道路、雲ひとつない青空、遥か遠くにぽつりと浮かぶ飛行船。男は飛行船を見上げながら、片手ハンドルでオープンカーを走らせている。穏やかな日差しに見守られながら、まるで海辺をゆっくりと歩くカップルのように、車と飛行船は進んでゆく。
正直話のテイストとは違うんだけれどね。自分に愛想を尽かして逃げた女を追う男の話のようだし。飛行船を覆い隠す邪魔な雲もめちゃくちゃあるし。何なら男は銃持ってるし。

分かるようで分からない話だったけど、何か残る話だった。

要するに、よかった。

 

 

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◼︎各小説の詳細(リンク先は出版社サイト)◼︎

 

◆『LOVERS 恋愛アンソロジー』→【s-book.net Library Service

 

◆『女ともだち』→【文春文庫『女ともだち』村山由佳 坂井希久子 千早茜 大崎梢 額賀澪 阿川佐和子 嶋津輝 森絵都 | 文庫 - 文藝春秋BOOKS

 

◆『鉄道員(ぽっぽや)』→【鉄道員(ぽっぽや)/浅田 次郎 | 集英社の本 公式

 

◆『伊豆の踊子』→【伊豆の踊子/川端 康成 | 集英社の本 公式

 

◆『変愛小説集(ヘンアイしょうせつしゅう)』→【『変愛小説集』(岸本 佐知子):講談社文庫|講談社BOOK倶楽部

 

 

無益なアニメに学ぶこと?! 『サウスパーク』の選挙回(s08e08)感想

ナンセンスアニメのセリフで、選挙に行くようになった?!

 

 

 

 

サウスパークというアメリカの風刺アニメをご存知だろうか。


愛らしい2頭身のキャラクターが、人種差.別をしたり、理不尽に人をコロしたり、毎話特に意味もなくキャラクターがグロテスクにシんだりする、とってもファニーなギャグアニメだ。

 

一方で英語の勉強にもなるしアメリカの文化や歴史に触れられる、政治の勉強や差別とは何ぞやと考える機会も得られる。

観ないと人生の50%損するが、観ると人生の80%を損する作品


結論! 観なくて済むならそれがいい!

 

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いかがでしたか? この記事が面白いと思ったらシェアとコメントと……

 

 


……おっと危ない!!!!

 

無益だという前置きだけで記事を終わらせてしまうところだった。
ほとんど損しかないこのイカれアニメから得た有益な価値観をお伝えするために僕は執筆を開始したのであった。

 

何と僕はサウスパークのある回を観たことで、きちんと選挙の投票に行く習慣を得たのである。
そのことについて以下で語らせていただこう。

ただ、下ネタやナンセンスネタが含まれるので、お読みになる際はご注意ください

 

 

 

【※※※※※※下ネタ注意※※※※※※】
【※ナンセンスネタ注意※】
【※ネタバレ注意※】

 

 

※検索除けのために見辛い部分が多いですが、おつきあいいただければ幸いです。

 

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その回は、シーズン8のエピソード8。タイトルは『d.ouche and t.urd』


この回はスタンという少年が、学校のマスコットキャラクターを決めるための選挙へ投票することを拒否した末の苦難を味わうという話。

しかし選挙に立候補した二つのマスコットキャラクターというのが、どちらも選びがたいコンセプトを持っています。

片方の名は、『Giant   douc.e』巨大浣腸などと訳される。哺乳瓶のような形のキャラクターだ。
対するは、『Tu.rd   sandwich』。tur.dは便を意味する。クソサンドイッチ、などと訳せます。

 

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しかもどちらに投票するかで友だち同士が争い出すからもう嫌気がさすスタン。
そんな中で出会ったひとりの男性に言われたひと言で、スタンは目を覚まします。

 

「人生のあらゆる選択肢は、巨大浣腸かクソサンドイッチの二択なんだよ」

 

 

この言葉を受け、スタンは選挙権を行使する決意をしたのです。

 

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この話から僕は何を学んだかというと、良質な選択が出るのを待つ意味はないということです。

例えば僕の知る範囲に「選挙なんて行かない、だってろくな立候補者がいないから」と言う人がいます。
サウスパーク理論でいくと、いくら待っても巨大浣腸かクソサンドイッチしか出てこないわけだ。


別に僕は「選挙に行け!」と声高らかに呼びかけようというつもりはありません。政治についてこのブログではあまり語りたくはないですし。
ただ白く美しい鶴を待つよりも、掃きだめの中から少しでもマシなものを選びあげることが大事なんじゃないかと学んだことを言いたかったのである。
その気づきを、サウスパークという作品から得たという話である。

 


学びはどこに転がっているか分からない。
これだから、作品鑑賞というのは面白い。

 

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……ちなみにサウスパークは、公式サイトで何と全話無料公開されている。向こうもののアニメなので英語のみとなっているが、英文であれば字幕をつけられる
キャラクターの動作で案外内容は分かったりもするので大筋を理解できる回も多い。

 

ただ何度も言うようにロクでもない下.ネタ差別ネタも多いので、観ると人生の80%を損する作品。十分な注意が必要なことだけは、忘れないでいてほしい

まあ、差別に関してはあらゆる国も人種も性別も分け隔てなく行われているので、ある意味平等な作風なのだが……。

 

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◼︎ リンク集 ◼︎


*『Douche and Turd』の回(英語版のみ)→
Douche and Turd - Full Episode - Season 08 - Ep 08 | South Park Studios

 

*全話無料視聴! サウスパーク公式サイト(英語のみ)→
South Park - Watch Full Episodes, Clips & More | South Park Studios

 

*おまけ。日本人がめちゃくちゃ揶揄されているけれど、揶揄のされ方が個人的には好きな回。ストーリー構成も巧み。→【City Sushi - Full Episode - Season 15 - Ep 06 | South Park Studios

 

サウスパークの伝説的グ口回・『カートマンの鬼畜晩餐会』をイメージして僕が描いた絵(※R-18G)→【#サウスパーク 鬼畜晩餐会へようこそ! - コボレ恥ノ介(うおとら)のイラスト - pixiv

 

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余談だが、サウスパークはストーリー構成も見事なので、構成力の勉強にもなると思う。ストーリー研究記事もその内書きたいなぁ……。

 

【読書感想文集】青春キラキラ読書健康法

「青春」「健康」という言葉を感じる本を続けて読んだ気がします。スポーツに合唱コンクール。友情モノ。医療モノ。幸せをテーマにした本もありましたっけ。
やはり元気は万物の源だ。

以下、拝読本の感想まとめです。

 

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◆『シャカリキ!(丹沢まなぶさん、原作:曽田正人さん、小学館文庫)

教授くんが好きだ。自転車に乗れない身体だが、好きという真っ直ぐな気持ちを大切にし、自転車部のサポート役に徹する彼。かなりかっこいいと思う。主人公を信じ、主人公のために走ったシーンは応援したくなった。怪我してでもホイルを守り、血を流しながらも笑う姿が凛々しい。他の選手ももちろんだが、彼なくしてはあの闘いは生まれなかった。

自転車を奪おうとする母に対しショーグンが放った、「おれから足をもごうって言うのか!」というセリフも印象深かった。自転車は彼の一部。この母親にとってショーグンは、母親の遊び道具だったのだろうかもしれない。だからこそ自転車とホビーと呼べたのだろうな。
ラスト。ショーグンの母の心境変化に安心感。ヒロインは後半で、自分もショーグンの母と同じように「自転車=遊び」だと思っていたと明かす。そう考えてしまうことにおかしな点は何もない。だって分からないし。本気かどうかなんて。ただ、無理に取り上げようとしなかった。そこが大事だった。

後半の坂のシーン、泣きましたね。かつての友が応援してくれるところね。小説で泣いたのはかなり久しぶり。(読書に当てる時間は待ち時間や電車の中が多いから、基本は泣くに泣けない。この本を家で読むことにしたのはラッキーだった)
「チームメイト=自分の分身」という言葉はよかった。
スポーツに苦手意識を持つ僕にとって、スポーツの見方を変えてくれた本だった。前よりスポーツものを楽しめる人間になれた気がする

 

 

 

 

 

アンソロジー『あなたに、大切な香りの記憶はありますか?』(文春文庫)

 

『何も起きなかった』(著:高樹のぶ子さん)が印象的な香りのする話だった。


「線香花火の火の玉が、ぼとりと落ちたときの、懐かしいような、じっと一点を見続けていたいような、火薬の匂いだと言えます。秘密の情事は。触れれば火傷しますが、夢の中においておけば、いつまでも小さな火花が、チリチリと保たれているような。それは相手の男が残したものでなく、もっと遠い、高校時代の記憶から来たもの。ですから、その女性(※=私)を許してあげてください」


親友の夫と不倫して、淡いひと夏の思い出のように不倫の事実を親友に告げるヒロイン。許せとまで言う。恐ろしい。
しかし情事のとき、男の首元から親友を思わせる香りが漂い、ヒロインが男の妻(=親友)に傍で見下ろされているように感じた。
香りとは、生々しくて、それでいて幻想的。不思議な魅力を持っていると感じた。

 

 

 

 


◆『くちびるに歌を中田永一さん、小学館

 

清純、幸福、青春、健康、綺麗。そんな印象の話だった。
亡くなった母から受けた言葉を忘れた少女が、その言葉に再び出会ったシーンが感動的。愛情深いシーン。その言葉を再度届けた人物は、そこにこめられた愛を感じたから、その言葉を覚えていたに違いない。

 

 

 

 

 

◆アンソロジー『キラキラデイズ』新潮文庫

 

『螢万華鏡』(寮美千子さん)で、「じゃんけんに負けて自分は自分として生まれてきた」と語るホタルに対し、ヒカルが思った言葉が優しかった。
『ホタル。きみはじゃんけんに負けたんじゃない。勝って、そんな素敵なきみに生まれてきたんだ』

 

 

 

 


アンソロジー『Happy Box』PHP文芸文庫)

 

すべての話がよかった!


『Weather』(伊坂幸太郎さん)、浮気性の男と仲いいことで主人公の男性が天気雑学が得意になったのは面白い! オチも意外。
『天使』(山本幸久さん)、スリ師おばあちゃんの話。「人の幸せをもらってるから感謝が必要」という持論が面白い。
『ふりだしに進む』(中山智幸さん)、惚れ惚れする文章力! 「来世のことなんてシんでからで間に合う」というセリフに開放感。
『ハッピーエンドの掟』(真梨幸子さん)、普通の幸せとやらを押しつける周囲の独善的な態度が生々しい!
『幸せな死神』(小路幸也さん)、幸せを感じることのない死神が「私は今、幸せです」と言ったシーンに感動。「私は今幸せ」そう言える人、僕はすごく大好きだ。

 


◆『極選・板谷番付!』ゲッツ板谷さん、角川文庫)

 

板谷さんの使う「ボキ」という一人称は、昔好きだった某ゲームの敵キャラを思い出させた。ターゲット層の低いゲームだったので作品名は出さないが。そのキャラクターの一人称も「ボキ」で、丸みを帯びたボディが特徴の少年だった。食べるのが大好きだが、空腹になると誰彼構わず暴力を振るうキャラクター。あのキャラが大人になったら、こんな風になるのだろうか。……。
特徴的な喋り方をなさる人は、他では味わえない想像をもたらしてくれる。

 

短編集『恐怖の報酬』赤川次郎さん、角川ホラー文庫

『使い走り』の、ある人物の成長がよかった。この人の話をもっと見たい。この後の話も、これより前の話も。

 

 

 

 


短編集『救命センター「カルテの真実」』(浜辺祐一さん、集英社文庫
孤独死』が印象的。孤独死も、案外いいシに方なのではという見解に、お恥ずかしながら目から鱗
本書の主張内容とは少し違うかもしれないが、孤独死は健康であるがゆえに訪れる死とも言えるから、……。

 


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◼︎各小説の詳細情報(リンク先は出版社公式サイト、もしくはamazon◼︎

 

◆『シャカリキ!』→【https://www.amazon.co.jp/dp/4094082859/ref=cm_sw_em_r_mt_awdo_gglzEbMW54GHX

 

◆『あなたに、大切な香りの記憶はありますか?』→【文春文庫『あなたに、大切な香りの記憶はありますか?』阿川佐和子 石田衣良 角田光代 熊谷達也 小池真理子 重松 清 朱川湊人 高樹のぶ子 | 文庫 - 文藝春秋BOOKS

 

◆『くちびるに歌を』→【くちびるに歌を | 小学館

 

◆『キラキラデイズ』→【https://www.amazon.co.jp/dp/4101270457/ref=cm_sw_em_r_mt_awdo_rklzEb0XS9WYY

 

◆『Happy Box』→【https://www.amazon.co.jp/dp/4569764541/ref=cm_sw_em_r_mt_awdo_znlzEbKT37WCW

 

◆『極選・板谷番付!』→【極選・板谷番付! ゲッツ 板谷:文庫 | KADOKAWA

 

◆『恐怖の報酬』→【恐怖の報酬 赤川 次郎:文庫 | KADOKAWA

 

◆『救命センター「カルテの真実」』→【救命センター「カルテの真実」/浜辺 祐一 | 集英社の本 公式

読書感想文をビュッフェにて ~読了ツイートまとめ記事~

僕は、読んだ本は必ずツイッターで、感想を呟くようにしている。

 

 

 

何故か? それは後述の『読んだら忘れない読書術』なる本で、読んだ本の感想をSNSに落とすようにすると、読書の質が格段に上がると教わったからだ。集中力も上がり、内容もよく覚えられる。

 

そんな風にして作られたツイートをまとめてみようというのがこの記事である。さながらビュッフェのごとく、複数作品の美味しいところだけを食べ比べられる豪華記事!

 

……え? こんなん、ただツイッターから切り貼りするだけの手間のかからない記事じゃねーかって?
……ちょっとキミ、後で職員室に来なさい。
他のみんなは教室で記事の本編を読んでなさいね。


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【※ネタバレ注意※】

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短編集『合意情死(がふいしんぢゆう)』岩井志麻子さん、角川ホラー文庫)。
『巡行線路(みまはり)』の怪しい女が蠱惑的。
まず香りで惹きつける。顔を見る前に漂った『異国の香木めいた、怪しくも清楚な匂い』。声も『水飴を耳元に垂らされたように甘く粘る』とある。
いい女は五感を掴むのか。真似したい表現。ナルホド。

 

 

 

 

『豆の上で眠る』湊かなえさん、新潮文庫)。
子供が行方不明になった家に、新たにやってきた子猫。その猫の役割が……頭がいいというか、怖いというか。
子猫がやってきたときの主人公(行方不明になった子の妹)の「音を立てて、動くものがやってきた」というセリフは、温かみがあって素敵。

 

 

 

 

『読んだら忘れない読書術』(樺沢紫苑さん、サンマーク出版』。

さてこちらが冒頭で触れた、読んだ本はちょっとでもいいからすべて感想を書くといいと教えてくれた本。

行動を変えてくれる本は良書である

反対に、電車移動中「ここまで読もう」と目標を定める技は手を出さんぞと誓った。

僕はドアホだから「目的の駅で下車する」という当たり前のことを失念する危険がある。電車は図書室<乗り物。

 

 

 

 

『いい緊張は能力を2倍にする』(樺沢紫苑さん、文響社)。
『脳内物質が先で感情は後からついてくる』というのは重要な知識! 脳内物質のコントロール方法さえ知れば、どんな感情もコントロール可能ってことだ!

脳内物質調整方法が書かれたのがこの本というわけですが。深呼吸、笑顔、いい姿勢が、緊張緩和の3種の神器とのこと。
情報収集など事前準備も有効。

会話苦手マンとしては、「会話のネタ帳を作れ」というアドバイスがグサっときた。そういえば最近作っていなかったっけ……。そういうのは実際使わないでも、あると安心できるもんだわさ。


理性で欲望や感情を抑えようというアドバイスはよく聞くが、「理性とは何か」とまで言う記事や本は今まで見たことがなかったように思う。
この本では恐怖のコントロール方法として「知識をつけること」が紹介されていたが、「恐怖のコントロール方法」とは「理性」と似たカテゴリだと思う。
理性というのは気あいとやらで無理やり欲求を押さえつけろというものではなく、「何故それをしないべきなのか」……もっと言えば「じゃあ何をしたらいいか」を知り、実行することなのだなと思った。
知恵とはいいものだ。もちろん、上手く使えればの話だが。

 

 

 

 

『もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』岩崎夏海さん、ダイヤモンド社)。
野球はてんで分からないが、引きこまれた。

試合のハラハラでなく練習のワクワクへフォーカスした話というのは堅実な面白さがある。僕はスポーツものに関心がないと思っていたが、練習方法や理知的な作戦という部分には興味をそそられるのかもしれないと思った。

 

『まちがいや失敗をしない者を信用してはならない。それは、見せかけか、無難なことにしか手をつけない者である。優れているほど多くの間違いをおかす。新しいことを試みる』
『マネジメント』のこの記述が好きだ。
そこから発生した「先にミスを重ねておく」という作戦は好き。
僕もたくさんのことに挑戦し、「まちがいや失敗をする者」になりたい。

大事なのは結果か過程かという疑念の答えは書で明言されていなかったが、どちらなのだろうなぁ。もっと深く考えたい。

 

 

 

 

◇短編集『短劇』坂木司さん、光文社文庫)。
作者の別作品『青空の卵』を見たときは穏やかで優しい作風の方だと思ったのに、『短劇』はブラックユーモア小説集でした。


『恐いのは』で眠る娘の首を締めようとした話が印象的。道具でなく手でやろうとしたのは、「実の娘に対する情けと思った」から。そのことを言い換えれば触れあい』と表現したのが、愛情と憤りがないまぜになった感情をよく現しておられた。
『最先端』『最後』のオチも衝撃的。『最先端』はおぞましく、『最後』はキャラクターを意地でも逃すまいという、作者さまの執着にも似た正義感に笑ってしまった。

 

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各作品の詳細情報へのリンク(出版社等の公式サイト)


*『合意情死』→【合意情死 がふいしんぢゆう 岩井 志麻子:文庫 | KADOKAWA

 

*『豆の上で眠る』→【湊かなえ 『豆の上で眠る』 | 新潮社

 

*『読んだら忘れない読書術』→【読んだら忘れない読書術 | サンマーク出版

 

*『いい緊張は能力を2倍にする』→【いい緊張は能力を2倍にする | 文響社 - Bunkyosha

 

*『もしも高校野球部の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』→【もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら | 書籍 | ダイヤモンド社
 *アニメ版『もしドラ』→【もしドラ | NHKアニメワールド

 

*『短劇』→【短劇 坂木司 | 光文社文庫 | 光文社

 *『青空の卵』(短劇の作者さまの、温まる作風の本)→【青空の卵 - 坂木司|東京創元社

二次元キャラは実在する! 屁理屈で叶えろ夢の世界

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みなさまは、マンガやアニメの中のキャラクターが実在すると思いますか?
ルフィやドラえもんや、おそ松さんの六つ子たちが、この世のどこかにいると、本当に思いますか?
今この瞬間も、米花町では眠りの小五郎のソファーの後ろで、コナンが小五郎のおっちゃんの声を借りて名推理を披露していると思いますか? 江戸時代には宇宙人がいっぱいいて、天然パーマの銀髪侍が、スクーターに乗ってパフェを食べに行っていたのが、正史だと言えますか? 本当に?


僕は思います。

 


というか。「それは嘘だ」と言える確実な証拠がないじゃないですか。
だから現状、どちらとも取れるんですよ。存在するとも、しないとも。だったら「実在する!」と思ったほうが絶対楽しいじゃないですか!

 

 

【※注意書き※】

ここから屁理屈パートになりますが、筆者はアホなので説明が大変分かりづらくなっております。「何言ってんだこいつ」ってなってもスマホやパソコンを投げたりしないでね。

 

 



さてそもそも。テレビには芸能人さんがたくさん出ていますよね。ときには一般の人も映りますね。その人たちって、本当に実在するのでしょうか?
我々が見ているお笑い芸人もアイドルも、すべて精巧に作られた蝋人形ってことはないでしょうか。

街頭でインタビューされるサラリーマンやOLは、観客席で手を叩いて笑っているおじさまおばさまたちは、本物さながらに作られたCGということはないでしょうか?

 

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例えば、そうですね、お笑い芸人「ハリセンボン」の近藤春菜さん。お恥ずかしながら僕は、彼女を実際に見たことがありません。つまり彼女は僕にとって、「テレビ画面の向こう側の、あると仮定される世界にいる方」なわけです。
テレビでしか見たことがないで言えば、アンパンマンもそうですね。アンパンマン近藤春菜さん同様、「テレビ画面の向こう側の、あると仮定される世界にいる存在」です。
近藤春菜さんとアンパンマンは、僕の中では同じ条件の中にいる存在です。ということは、単純な三段論法で言えば、近藤春菜さんが実在するとしたら、アンパンマンも実在するということにもなりますね。近藤春菜さん=「テレビの中の存在」が実在する→アンパンマン=「テレビの中の存在」→アンパンマン=実在する、ということです。反対に考えれば、アンパンマンがいないとしたら、近藤春菜さんもいないという図式も考えられるわけですよ。
もちろんアニメと生身の人間なので、まとめて考えるのはやや無理があるとは思いますが。
このように、実在/非実在の証明というのは、案外曖昧なものなんです。


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でも物語って、あまりにご都合主義ですよね。どう考えても作り物じゃないか!
そう思う人も、いるでしょう。でも僕は、こう思うんです……。


はい!!!!!!!!!!!!!!!!!
物語は、作り物です!!!!!!!

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いやいや、さっきと言ってること真逆やんけ!


そうツッコむのはまだ早いです。
僕はキャラクターがどこかの世界で、命を持って存在していると思っている。
マンガやアニメや小説や映画というものは、彼らの紡いだ歴史を読み取り、物語として再構成したものだと考えています。
この世のあらゆる物語は、元を辿ればすべて「実話を元にしたフィクション」なのだ! それが僕のスタンスです。

でもおかしいじゃないか、じゃあどうして作者は、頭の中で一からキャラクターを作り上げる作業を行うのだ? 最初からいる人物を物語に落としこむのなら、「この物語はこういうテーマだから、こういうキャラクターにしよう」なんて考える人がいるのはおかしいじゃないか。

 

 

 


この問題に対する僕の見解は二つ。

 

 

1. 神のような人物が、作者の頭に書くべき内容を降ろしている

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……まあ正直、僕は神を信じていないし、同じ宇宙のどこかに二次元キャラがいるとは思えないので、この説はお遊びみたいなものなんですけどね。めんどかったら飛ばしてください。
広い宇宙には地球とよく似た星があり、我々が「二次元キャラクター」として認識している人たちが、そこには自生している。
また、広大な大宇宙には統べる神がいる。そしてその神なる者が、この「地球に似た星」の人たちの日々の営みを見て、「これは面白いぞ、こいつらを主人公にした作品が読んでみたい!」と考える。
そして、眠りこけているマンガ描きや物書きらの夢の中に現れるなどして、「こんな物語を書くとよい」という神託を与える。
書き手らは「アイデアが降りてきた」と思いこみ、作品制作に取りかかる。
実際にあったできごとを、面白おかしく脚色して、「原作:神、絵:作者」という風に、マンガなどに落としこむ。そんなイメージ。



2. 作者はキャラクターにとって母であり、作者が「キャラ性」を与えることで、キャラクターが「二次元世界」に誕生する

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ああナルホド! これはとってもよく分か……らん!

誕生とは何か。その言葉の意味は、ここでは命を宿されること、と捉えよう。
例えば僕が、「背の高い女」というキャラを考えたとしよう。ここではまだ要素だけなので、キャラが誕生したとは言えない。
そこにまた別の要素を加えよう。「とびきり目つきが悪い高身長の若い女教師、怖がられやすいが実はひたむきなドジっ子」としよう。
このキャラはどんな毎日を送るのだろう。朝は目覚ましをセットし忘れてバタバタ家を出るのだろうか。慌ててコンビニで昼食を調達しようとしたら、目つきの悪さに店員がビビッて小銭を落とし、さらに遅れてしまったりして。学校に着いたら彼女と交流のない生徒が、目があっただけで彼女に謝ってくるかもしれない。しかし受け持ったクラスの教室に入るときに大げさに転び、生徒らはどっと沸いてしまうかもしれない。愛らしいと思って笑う生徒も、彼女のことが嫌いで嘲笑した生徒もいる。しかしそんな中、いつも誰より笑顔でいるはずの女子生徒が笑っていない。彼女は授業そっちのけでその女子生徒に構おうとして……。
おおっ、キャラが勝手に脳内で動いてくれる!
キャラが、キャラの頭で考え、行動する瞬間。それが僕は「キャラが誕生した瞬間」だと思う。

で、どこに誕生するかという話。
誕生場所を、僕は僕の脳内でなく、「二次元世界」というまったく別の空間だと考えている。

 

 

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うわあ〜、何て分かりやすい説明なんだ!(※ド皮肉)


うん、分かるわけないと思う。
そもそもその、二次元世界とは何のこっちゃ。説明が必要ですよね。
イメージとしてはパラレルワールド……と言ったところでしょうか。


パラレルワールドとは何か? 念のため言っておきましょう。IFの世界のことです。僕がもしリンゴを手にしていたとして、食べるかどうか悩んでいたとしましょう。この場合、僕は二つの選択肢を持っている。すなわち、「僕がリンゴを食べた未来」と「僕がリンゴを食べなかった未来」のどちらに行くか、ということです。結果的には一方の未来にしか行けないが、捨ててしまったほうの未来も別次元に存在しているんじゃないか、という考え。「リンゴを食べなかった未来」には、「リンゴを食べなかった僕」という、今の僕とは別の僕が生きている。これがパラレルワールドの考え方です。って僕説明下手だから分からないよね、うん、あの、ごめんねこれ以降は調べてください。東野圭吾の『パラレルワールド・ラブストーリー』とか分かりやすいのかな?



まあとにかくね。同時間軸に出現した、まったく似て非なる時空間というか、また別の宇宙みたいなイメージですね、二次元世界は。

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……。

 

 

……説明が下手なのに難しいことを考えると、こうなるぜ! 閲覧者さま、絶対誰も内容理解してないぜ。ごめんね、てへぺろりん。

 

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まあ~~~~~、要するにね、どこか別空間でキャラクターも生きているんじゃなかろうかっていう話です! 我々が観測できないだけで!
観測する術がない以上、「いない」と断言することはできない。「いる」としたほうが、夢があって面白い。じゃあいるってことにしよう!
それだけの話でした。


いやまったく僕という人間は、どうしてこうも長々と喋ってしまうのでしょう。「いたほうが面白いから!」で終わるようなことを。

 

 

 

 

 


どう思いますか、シルビアさん。

 


……ああすみません、急に語りかけて驚かれてしまいましたね。アナタに語りかけてるんですよ。ドラクエ11の、我が麗しの君・シルビアさん。
僕のこういうところ、さすがのシルビアさんも鬱陶しいって思いますよね。
え、「そんなアナタも大好きよ」だって? えへへ嬉しいな~~~。僕もシルビアさん大好きです~~~。いつか僕のお嫁さんになってくれたりしませんかね~~~~!

 


……おっと閲覧者さま、僕に現実を見ろと進言しようったって無駄ですぜ? だって実在するんだもんね、シルビアさんはね! ありえない話じゃないもんね! 結婚もねえ!

シルビアちゃん! ねえ! ねえ!!!!!

 

ねえ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

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余談

 

後半の二次元世界と作者の関係性の話。神がうんちゃら……という「同じ宇宙上に存在している」説が、Excelで言えば同じSheet1の離れたセルに、現実世界の僕らと二次元キャラが、それぞれいるイメージ。こちらの「同時間軸の別世界にいる」説が、Excelでいう「Sheet1」に僕らが、「Sheet2」に二次元キャラがそれぞれ別にいる、でも大枠で言えば同じブック内にはいるぞ、みたいなイメージ。……ってこの例えだとExcelとか分かんねーよって方にはさらに混乱するだけですね。忘れて。

 

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◼︎ リンク集 ◼︎

 


◆この記事の小説版みたいな話。公式で交流がないキャラ同士が結ばれてしまった、世界観を守るために別れるべきだが……? というBLラブコメ。拙作。→【#66 接点のない顔カプ、ダメですか? | 生きるって、めんどくさい。【オムニバス人間ドラマ】 - 溢 - pixiv

 ◆で、その小説の元ネタである『腐嬢様診断』→【腐嬢様


◆マイフィアンセ・シルビアちゃん→【シルビア | キャラクター | ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて S 公式サイト | SQUARE ENIX

【DQ11S】ナギムナー村の新婚カップル、異変後の奥さん生存if妄想【恋愛モノというか冒険譚?】

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可愛くないですか?????????

ドラクエ11のモブなんですが、この姿があまりに可愛くて惚れてしまいました。

彼女が何をしているかというと……。

 

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健気!!!!!!!!!

 


ちなみにこの後、旦那氏が無事帰ってきてこうなります。
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このラブラブマンが~~~~~~~~!!!!!!!
末永く幸せになっていやがれバカヤロー―――!!!!!!!!!

…………というのが。

最初の感想だったのです。

 

が!!!


魔王が誕生し、世界に異変が起きた後にですね…………
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はあああああああ~~~~~~~~~~~ん???!!?? 


あの可愛い人が??!? 亡くなるだって??!!

 


やだやだやだ~~!!!!!! そんなのやだ~!!!!!!

 

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あたち8歳女児だから愛する推しキャラがシんじゃうなんて受け入れられな~~い! 床に転げ回って駄々こねちゃう!

 


でも閃いた。旦那氏は「亡くなった」と言ってるが、私はその現場を見ていない。

だから生きている可能性だってあるでしょう!

有名なマリー・アントワネットも言っていた。「原作で生きていないなら、生存ifを書けばいいじゃない!!!!」と。


そんなわけでここからは駄々っ子オタクの妄言です。

お嫁さん生存ifといいつつも、だいたい旦那氏がお嫁さんに再び会うために東奔西走する冒険譚になっています。ゲスト出演で世助パレードのナカマたちも。要するに好き勝手書いています。オタクってそういうもんだから!


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世界の南端にある小さな漁村・ナギムナー村

 

そこに住む漁師・アガタとその妻・チナの二人は、誰もが認めるほどの仲よし夫婦だった。

結婚して間もない彼らが見つめあう姿は、村では毎日のように目撃された。

 

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過去に海に巨大な魔物が出現し、アガタが退治に駆り出されたときは、チナは海に向かっていつまでも祈りを捧げたことがあった。その没頭は凄まじく、寝食を蔑ろにし、熱が出てふらふらになってもやめなかった。アガタを含む討伐隊の帰還があと半日遅れていたら、彼女は意識を失って倒れていたに違いなかった。彼女はそういう、献身的な人だった。

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しかし、世界が崩壊し、村から生きる活力が失われたころ。チナは病のせいで布団から出られなくなってしまった。

その病気は村では前例のないもので、冬に近づく冷えこんだ空気に呼応するように、日ごとに体温が下がり、皮膚は鱗のような、青っぽい小薄片に覆われていく。

また精神にも異常が発生しているのか、魚を丸のみしようとしたり、生きた蛙を口に含んだことすらあった。

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そんなとき、ひとりのシスターがナギムナー村を訪れた。このシスターは、ホムラの里という、長寿が多いことで有名な集落から来たそうだ。

シスターはチナの容態を心配し、ホムラの里で治療することを提案した。チナはその提案をありがたく受け入れる。アガタは当然ついていくつもりでいたが、チナは魔物のように怒り狂って拒絶した。

温厚なチナの初めて見る激昂に気圧され、アガタは村に残ることになった。

 

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アガタはチナの無事を信じ、待ち続けた。1か月後、例のシスターが再びアガタの元を訪れた。

しかしシスターが告げたのは、なんと最愛のチナの死であった。

信じられない、亡骸を見せてくれ、と頼むアガタだったが、シスターはかたくなに拒絶する。見るに堪えない姿になってしまったため、すでに火葬を終えたとのことだった。その代わりにと、シスターはチナが村を出るときに着ていた服を手渡した。

その服は夥しい量の真っ赤な血で覆われており、チナの死に際の苦しみを、強く強く想像させた。

 

また、シスターはチナが肌身離さずつけていたネックレスをもアガタに渡した。

雫型の、大ぶりな桃色の石がついた、高貴な印象のネックレスである。

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これは昔、アガタが航海の中で海底から拾い上げ、チナに贈ったものだった。チナが「死ぬまで離さない」と固く誓ったものだった。チナは約束を破るような女では決してなかった。

だからアガタは認めざるを得なかった。愛するチナはもう、この世にいないのだと。

 

唯一の救いは、シスターの「チナさんは一切苦しむことなく、安らかに息を引き取りました」という言葉だった。ガタはその言葉を不思議なほど信じてしまった。

明らかな矛盾があることに、まったく気づくこともなく。

 

 

 

 

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それから、2年の月日が過ぎた。アガタにできることは、浜辺に立って海をぼんやりと眺めることだけだった。失われた時間に想いを馳せ、幸せな記憶の世界に身を委ねることだけだった。


ナギムナー村ではこのところ、とある噂で持ちきりだった。人の寄りつかない島に、とても綺麗な魔物が出現するという。

ウィングスネーク、という蛇型のモンスターの亜種だそうだ。

 

この魔物、身体は普通のウィングスネークと同じく青い鱗に覆われているが、高価な宝石のように輝く瞳は、他とは違って可憐な桃色なのだそう。その特別なウィングスネークと出会えたものは幸福になれるだとか、反対に幸せを吸い取られて死んでしまうとか、村の酒場はそんな議論で盛り上がっていた。

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無気力なアガタにとってはどうもいい話題だが、唯一「桃色の瞳」という言葉が彼の記憶を刺激した。桃色はチナの大好きな色だった。

 

 


アガタは家の奥にしまいこんだ、チナの遺品が入った籠の蓋を開けることにした。それは今まで、辛くて見ることができないものだった。今なら落ち着いて見れる気がした。そこには例のシスターに手渡された、生前のチナの衣服も入っていた。服はしっかり洗ったものの、落とし切れなかった血液がついているはずだった。アガタは覚悟して籠を開けた。
アガタを待っていたのは、想像よりも酷い光景だった。服には血液の色がついていた。それは想像通りだった。ただ、アガタが最後に見た血液の染みは、当然赤い色だった。しかし服についた血液は、赤でなく完全な緑色だった。

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アガタは、シスターの言葉を、今ようやく疑うことができた。「一切苦しまずシんだ」? ありえない色の血を身体から大量に出した妻が?

 

シスターに会おう。

アガタは、そう決心し、ホムラの里へと向かった。彼女の残したネックレスだけを携えて。

 

 

 


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慣れない馬に乗って山を越え、辿り着いたその里に、例のシスターはいなかった。彼女は人助けの旅に出たという。ただし、幸いにも、酒場の主から興味深い話を聞くことができた。酔ったシスターが、一度だけ漏らした話だという。

 

シスターが病に侵された若い女性を里に連れてくるまでの間に、若い女性の容姿が、悪しき魔物へと変わっていったことがあるそうだ。

青い鱗に覆われ、背に羽根のようなエラが出現し、ひとまとまりになった脚は尾のように長く伸びていく。

 

そしてまた酒場の主は、こんなことも教えてくれた、彼女は人としての形を完全に失う前に、シスターに切願したという。

「村に残した旦那には、私がシんだことにしてほしい。私が凶暴な魔物になったと知っても、きっと会いに来てしまうから」

そして彼女は、シスターの制止を撥ね退け、行方をくらませた。

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チナがシんでいなかったこと。しかし魔物になってしまったこと。

驚くべきことはたくさんあったが、アガタが何より先に覚えたのは安堵だった。愛しいチナは、生きている。
そしてアガタは思い出した。村の漁師たちが言っていた、桃色の瞳を持つウィングスネークの話を。

 

その無人島のウィングスネークこそがチナなのだ!

数々の目撃証言は、チナからアガタへのSOSだったのだ! 明らかに乏しい根拠だが、アガタは確信した。


アガタは、酒場の主に問うた。シスターから、魔物を人間に戻す方法を聞いてはいないかと。酒場の主は、里に伝わる「やたの鏡」という道具を使えば可能かもしれないと言う。鏡面に真実の姿を映しだし、元の姿に戻す効果があるそうだ。

ただ、この鏡は火山の奥に住む竜に飲みこまれ、以来その姿を見た者はいないという。もっとも火山には凶暴な魔物がわんさかいるため、入れるものはいないに等しいそうだが。

一介の漁師に過ぎない脆弱なアガタは、火山に一歩足を踏み入れただけで、魔物に叩き潰されるに違いなかった。

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失意に苛まれるアガタ。それとは裏腹に、里は陽気な空気で満ちていた。サーカス団のメンバーを名乗る3人組が、ホムラの里に遊びに来ているのだという。名をそれぞれ、パンチョバッチトンタオと言った。

 

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この3人は、ふざけた格好にも関わらず、武の心得もあるそうだった。アガタが3人に、自分が火山に入る手伝いをしてくれないかと願い出ると、3人は二つ返事で了解した。

アガタは目の前に希望の光が宿るのを感じた。

 

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火山に入ると、多くの魔物がアガタたちを襲った。彼らは負けじと応戦した。
ダンスを得意とするパンチョが踊るようなリズムで短剣を操り、バッチが太鼓を叩くようにリズミカルに、敵に双剣を叩きこむ。それでも向かってくるものはトンタオが炎を宿した大剣で払い去った。アガタも微力ながら、薬草等の道具で援護した。


そして彼らは、火山の最奥部に着いた。鏡を飲みこんだという竜はいなかった。

(後で酒場の主に聞いたところ、旅の勇者が倒したのだという。アガタたちは焦って話を流していたのだ。勇者と竜の壮絶な戦いは、別の場所で語られているだろう)

竜はいなかったが、その代わり、砂まみれの鏡がぽつりと落ちていた。竜の胃の中にあったせいだろうか、装飾の一部は溶けていた。 こうしてアガタは、「やたの鏡」を手に入れた。

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あとはそう、妻を迎えに行くだけである。

 

 

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アガタは、桃色の瞳を持つウィングスネークの目撃証言がある、とある小島にやってきた。ホムラの里を過ぎ、山を越え、海を越えた、世界の最南端とも言えるような島だった。旅は道連れ世は情け、パンチョ、バッチ、トンタオの3人も彼の旅についてきた。そこかしこに凶猛な魔物が跋扈する時代だ、3人の助力はアガタにとって大変ありがたいことだった。


島を隈なく探し、アガタらは噂のウィングスネークを見つけた。穏やかで優し気な桃色の目は、チナのものに違いなかった。アガタは鏡をウィングスネークに向けた。しかし何も起こらなかった。

やたの鏡の伝説は嘘だったのか?それともこのウィングスネークの正体がチナだというのは、やはり思いこみだったのだろうか。


そのとき、パンチョが「あっ」と声を上げ、アガタの胸元を指差した。服の下で、何かがぼんやりと光っている。見るとそれは、チナが残したネックレスだった。桃色の石が何かを訴えるように光を放っている。アガタは、石を鏡に触れさせた。そして強い祈りをこめて、鏡面をウィングスネークへと向けた。

 

 

 

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ウィングスネークを強い光が包んだかと思うと、その光の中からチナが現れた。

 

アガタの知る、人間の姿のチナだ。ただ、身体はところどころに青い鱗が残り、薄茶色だった瞳は非人間的な薄桃色になっている。

 

それでもアガタは構わなかった。光を反射させ虹色に輝く鱗、宝石のような透き通った瞳。遺憾に思うところなどどこにもなかった。

 

アガタがチナを優しく抱き締めると、チナは躊躇いながらも彼の背に手を回した。

 

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アガタは二人でナギムナー村へ戻ることを提案した。しかし、いつかまたチナが魔物の姿に戻る恐れがなくなったわけではない。そうなったとき、弱い村民たちは対処できるのだろうか。どこに行けばいいのだろう。

 

その不安に応えたのは、パンチョ、バッチ、トンタオの3人だった。

彼らは今、ソルティコという町に暮らしているという。ソルティコは騎士の町として名高く、武に長けた者が多く暮らしているそうだ。

それに、ソルティコは海沿いの町なのだそう。美しい海を見てほしい、とパンチョは進言した。美しい海! 漁村で暮らし慣れた二人は、その言葉に大いに魅了された。

アガタとチナは、ソルティコの町へ向かうことにした。新たな生活をスタートさせるために。

 

この先もずっと二人は、末永く幸せに暮らせるだろう。そこにいる誰もが、それを信じて疑うわなかった。

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……さて、長々と生存if妄想を語ったわけだが。正直、書いていて生存ifが本当に正しいことなのかとすら思えてきた。
原作では残された旦那氏が今、必死に大切な奥さんの死を見つめようとしている。それなのに、この妄想はそれに反する内容である。生存if妄想は、現実と正面から向きあおうとする彼らの努力を邪魔する行為なんじゃないか? 亡くなった奥さんにも失礼なんじゃないか?

その答えは――分からない。何故なら、作品内にいる彼らに聞くことができないからだ。
そもそもこの妄想を書いたのは、残された旦那氏のためではない。かといって亡くなった奥さんのためでもない。
ただ私が、辛くてどうしようもなくなっているからだ。自分自身をまやかしで慰めるためだけのものなのだ。


今私は11Sの異変後の世界を半分ほど旅している段階だ。クリア済みのドラクエ113DS版)から察するに、過ぎ去りし時を求めた後の世界では、どうやらナギムナー村のカップルの奥さんは生きているようだ。
生存ifを書いてる暇があったら、早くクリアしろって話ですよね。はい。やります。


救います、世界を。大好きな人の笑顔のためにね。


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■ 余談 ■


ちなみに「パンチョ・バッチ・トンタオ」という3人組は原作にもいるキャラクター。名前も原作通りです。シルビアさんの世助けパレードのナカマだよ。
アガタとチナという名前は私のオリジナルです。チナさんにいたってはセリフが3パターンくらいしかないドモブです。そんな名もなき村人にA4用紙5枚分の妄想レポートを書かされちまうとはね。ドラクエ11S、罪深きゲームである。

 

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◆ドラクエ11S公式サイト→【https://www.dq11.jp/s/