コボレ恥之介と 石の下でさざめく記事たち

元・マンガ家志望。小説・映画・漫画の感想や表現技法の勉強、自作品の批評など。僕がアウトプットするためのブログです。

病的に日記を書く男の闇?! 『死者の体温』感想

人は何故、自分語りをするのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

『死者の体温』大石圭さん、角川ホラー文庫
僕がこの作品を拝読したのは10年以上前だが、未だに印象に残っている描写がある。
主人公が狂ったように日記を書くシーンだ。
彼は毎日朝何時に起きたとか、朝食はどんなメニューだったかとか、とにかく一挙手一投足までもを書き留めようとする


生まれて何日目に当たる日であるか。目薬を差し、トイレに行き、歯を磨いたこと。歯ブラシを変えたこと。室温、湿度。スープを電子レンジで温めた秒数。新聞のどの記事を読まなかったかということ。何柄の何色のTシャツを纏い、何というメーカーのベルトをしたか。知人から来たメールを一字一句間違いなく書きうつし、それに対し「了解」と返事したこと……。
そんなことをしても何にもならないと知りつつも、彼は実に長い時間をかけて詳しく詳しく、何でもない記録を憑りつかれたように日記帳に書き入れる。16年間欠かさず、毎日、毎日、毎日

その記録のために遊び時間も睡眠時間も勉強時間も削った。苦しみながら書いていた。

 


その理由を彼は、失われていく時間を何とか繋ぎ止めようとしたから、と語っている。

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僕はブログや小説や漫画を描いているときに、ときおりこの主人公を思い出す。
彼のように日々の些末な言動すらも書き入れようとは毛頭思わないが、少しでも感情が動いたときのことは逃さずすべて書き切りたい
僕もどこかに、自分が生きていた証を、僕が僕の脳で考えていたことを、記しておかねば気が済まないのだ。

僕は今ここにいる。確かにここにいて、自分の頭で考えている。


それは本当にそうなのだろうか?

僕がここにいると錯覚しているだけではないか?


僕は自分の右手を眼前に持ってくる。じっと見ていると手が透明になって、手に隠されているはずの部分の地面が見えてくるような気がする。
明日になると突然僕は煙のようにふっと跡形もなく消えてしまうような気がする。
昨日は存在していただろうか? そう思っているのは気のせいで、本当は今朝突然この世界に出現したのではなかろうか?

そんな不安がとめどなく訪れる。
その不安を解消するために、僕は感情をどこかに記録したいのだ

僕を僕たらしめるものは皮膚でも骨でも臓器でも眼球でもない。
僕の感情の揺れ動きそのものだと思っている。
心や魂と言ったほうがイメージしやすいかもしれない。

しかし感情というものは実に儚いものである。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」なんてことわざが示す通り、どんなに苦しいことでも過ぎてしまえば平然と忘れてしまえるのだ。
感情は日々シんでゆくのだ。僕は毎日毎分毎秒、シんでいるのだ。
そんな僕が一貫した存在であることなど、どうやって証明すればよいのだろう

僕は「僕」が感じたことを記録する。「僕」がシんだとしても、また新しくなった僕がその記録を見て「僕」のことを知る。
こんな風にして僕は、アップデートとデータの引き継ぎを行う。
ひと続きの人間であることを決定させる。
こんな風にしていないと、今日も僕は僕でいられる自信が持てない。明日も僕でいると信じられない。


『今生きている人々の99.999%は、死んで100年もすれば完全に忘れ去られてしまう』と本では語られていた。
僕はマハトマ・ガンジーではない。モハメド・アリでもないし、マザー・テレサでもない。伊藤博文でもない。樹木希林でもない。広瀬すずでもないし、生田斗真でもない。
名の知られていないありきたりな人間だ。
そんな僕が100年後も記憶される0.001%に、どうしてもなりたいというわけではない。
けれど今日や明日や明後日だけは、僕は存在していたい
もちろん僕の作品を評価していただけたら多大な幸福を感じずにはいられないが、極論誰からも賞賛されずとも、本当は構わないのだと思う。僕はただ、僕が確かに存在していたという証明書がほしいだけなのかもしれない。


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前述の通り、ブログ記事(あるいは絵やマンガや小説)は僕の存在の証明書である。しかしもうひとつの目的がある。
『すべての生命体の最重要目標は遺伝子の伝達にある』とも本では書かれていた。
僕の中核にある、魂や心というべきもの。僕を僕たらしめている「僕」そのもの。
その「遺伝子」を伝達するということ。


それはすなわち、僕が書いた記事で誰かが心を動かしてくれることなのだ。

先ほどは評価などされなくてもいいと言った。しかしやはり、できれば誰かの心に一滴の絵の具を垂らしたい。誰かの役に、できれば立ちたい

 

 

 

 

 


どなたかが、僕の情動のバトンを受け取ってくださること

 

 

僕はそれ以上に嬉しいことなど何もない。








*『死者の体温』詳細情報(KADOKAWA公式サイト)→【死者の体温 大石 圭:文庫 | KADOKAWA

 

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