コボレ恥之介と 石の下でさざめく記事たち

元・マンガ家志望。小説・映画・漫画の感想や表現技法の勉強、自作品の批評など。僕がアウトプットするためのブログです。

懐メロよ、永遠に咲け。『なごり雪』感想

今春が来て綺麗になった。

あなただけが、綺麗になった。

 

 

f:id:nnaboraababa:20191118195523j:image

 

先日ありがたいことに僕は、寿司屋に行く機会をいただいた。
回転寿司ではあるが、何と100円寿司ではない。板前さんがレーンに囲まれた区画にいらして、目の前で握ってくださるような場所だ。
何故そんな場所に行けたかというと、妹に少々よい環境変化があったため、そのお祝いに便乗させてもらったからだ。 


祖母、母、妹、そして僕で行った。
そのとき祖母は何度か、妹のことを「綺麗になったねえ」と言った

 


いつも見ている僕には妹の変化があまり分からないが、少なくとも性格が明るくなったなとは思う。化粧や服装も大人のそれになってきているのかもしれない。
ただせっかく高いノドグロを頼んだのに「味がしなくて別においしくない」という感想を抱いてしまうところはまだまだ子供だった(といいつつ僕もノドグロのおいしさは分からなかったひとりだが)。

 

f:id:nnaboraababa:20191118195705p:image



寿司を嗜んでいる途中、どんな流れだったかは失念したが、母が昔の歌の話をした。
なごり雪
元はかぐや姫というグループの曲であり、イルカさんがカバーしたことで有名になった名曲だ。



なごり雪』は駅のホームで「君」を涙ながらに見送る「僕」の、未練と応援の気持ちを、季節外れの雪とともに描き上げた一曲

 


この歌は『今春が来て君は綺麗になった』というサビの歌詞が印象的だ。

f:id:nnaboraababa:20191118202122p:image

その印象強い一文の直前に連なるのは、「ふざけすぎた季節のあとで」という歌詞。


この部分からは、「僕」と「君」は楽しい時間を過ごしていたのに、君だけが大人になって旅立ってしまうことを悲しんでいる様子が伺える。

 

f:id:nnaboraababa:20191118200023p:image


しかし「綺麗になった」という表現から感じるのは、彼女の変化をよいものとしてとらえていること。
ただあまりに自分とはかけ離れた存在になってしまったため、「君」には親しみでなく神聖性を感じてしまっているようにも伺える。
時の儚さはまるで雪のよう。君には春が来たのに、「僕」はまだそこに行きつけない。悲しみが雪解け水のように滴り落ちる。

 

 

 

 


僕は繊細に歌い上げられた「僕」の切なさにも魅了されたが、一番好きな部分は前述のサビの一文。
『今春が来て君は綺麗になった』
という部分だ。

 


季節外れの雪の降る駅のホームで「僕」との別れを惜しみつつも、「君」は遠くの地でこれから訪れる素晴らしい日々に心を躍らせている。雪に彩られようとしている景色の中、君の目にだけは線路沿いの桜並木が一斉に満開になっていて、トンネルのようになっているさまが見えている。君の大きな瞳にはしとやかな桜色と高く晴れやかな青空が映っている

f:id:nnaboraababa:20191118200733j:image

目の前の「僕」のことなんてこれっぽっちも見えていないようなその態度を、本当は詰りたい気分だが、横顔があまりに美しくて苛立ちは心の奥から出てこない。隣にいるのに手の届かない君。君はもう君ではない。シルクのように白く美しい羽根を持つ鳩である。「僕」はただずっと地中を這いずり回ることしかできないミミズである。ああ、今すぐにこの澄まし顔の鳩に身を絡ませ、泥で汚してしまいたい。しかし「君」はまるで宗教画のように麗しく、そんなことは到底できない
彼女の美しさを讃え、賞賛することしかできない。諦めるしかないのだ


立派に自分の足で歩ける一人前の大人に、君は先になってしまった。幼いままの僕を置いて、君はいなくなってしまうのだ
崇拝と賞賛、そしていくらかの妬みと心細さが、イルカさんの繊細でゆったりとした歌声からは感じられた。

f:id:nnaboraababa:20191118201041p:image

 

 



さて前述の通り、イルカさんはなごり雪』をカバーした歌手のひとりである。
かぐや姫」の穏やかな歌い方を踏襲し、さらに静けさで淡く彩っている印象を受けた。

そして最近、別のアーティストが『なごり雪』をカバー


「仮面女子」というアイドルグループである。
この仮面女子は従来の『なごり雪』とはまったく異なり、ポップで元気のいい曲調に仕上げられている。

「君」を明るく元気に、盛大な拍手とともに送り出そうという雰囲気の曲だ

2番のAメロは軽快なラップ調で、「君」を失う不安で早まる鼓動を必死に隠そうとしているようにも思える

涙でなく笑顔で「君」を見送りたいという晴れやかな態度を感じさせてくれた

 

 f:id:nnaboraababa:20191118201633p:image


かぐや姫及びイルカさんは「寂しさ」へのフォーカス仮面女子は「応援の気持ち」へのフォーカスといった印象を受けた。
どのテイストも美しく別れのシーンを描き出しており、僕はどれも大好きである

僕がこの記事で紹介させていただいたのは3グループのアーティストによるものだったが、他にもたくさん素晴らしいアレンジはあると思う。皆さまのお気に入りの『なごり雪』をぜひ探してほしい。






f:id:nnaboraababa:20191118201722j:image

 

 

f:id:nnaboraababa:20191118202038p:image

 



「綺麗になったねぇ」
 

そんな風に絶賛される妹を横目に眺めながら、僕はふと思った。今の僕は去年よりも「綺麗」になれているのだろうか?

もし今それを質問したら、皆はどう答えてくれるのだろうか


その疑問をおどけながら口に出すような勇気は、まだ僕の中にはなかった

せっかく頼んだ高級鰻一貫握りを、僕は無理矢理口に詰めこんだ。










*『なごり雪』の歌詞(うたまっぷ.com)→【なごり雪 イルカ 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索

*『なごり雪』動画、仮面女子バージョン(仮面女子公式チャンネル)。動画説明欄に歌詞あり。
 →【YouTube

*イルカさんの『なごり雪』収録CD情報(CD販売元の関連サイト)→【 イルカ イルカ アーカイブVol.2 「イルカ・ライヴ」「植物誌」 ~ちいさなアルバム~ クラウン徳間ミュージックショップ

かぐや姫の『なごり雪』収録CD情報(CD販売元の関連サイト)→【ひめ風(かぐや姫・風) ひめ風ベスト クラウン徳間ミュージックショップ

*イルカさんの公式サイト→【イルカ公式サイト

 

f:id:nnaboraababa:20191118202202j:image