筆の怪物! 『バスキア展』感想
まるで子供のラクガキだった。
あるいは、精神を病んだ人の絵であった。
日比谷線の電車の中で、僕はひと目惚れを経験した。
荒々しく、内なる情動をキャンバスに筆で殴りつけるようにして描かれた線。
人を食らう怪物のようにも、愛らしいマスコットキャラクターにも見える黒い骸骨が、冴え渡る水色の画面に浮かんでいる。
『バスキア展 メイド・イン・ジャパン』(森アーツセンターギャラリー)の宣伝ポスターだ。
バスキアなる人物の名前を検索すると、奇妙な絵ばかりが出てきた。
彼の絵はまるで子供のラクガキだった。あるいは精神病に脳を破壊された患者の絵にも見えた。後者のほうが近いかもしれない。
※バスキア展で撮影可能な絵もありましたが、貼っていいかは分からなかったので僕の絵を掲載してみました。でもだいたいこんな感じの絵です。
しかしそのような絵を見進めるほどに、僕の心臓の最奥部にある粘土の塊のような、暗く凝り固まった粘っこい感情が震えるのを感じた。
行きたい。
そう思った次の瞬間には、僕は六本木ヒルズの森美術館へ足を踏み入れていた。
彼の絵に登場する人物はどれも目が虚ろで、身体も写実性がなく、ぐにゃぐにゃでぐちゃぐちゃだった。身体の表面に浮き出た骨や宙に浮いた眼球。目が三つになった人。極彩色をめちゃくちゃに混ぜこんでいて、描き殴るという表現が最適な、極端に荒っぽい筆遣いをしている。
病気で脳を悪くしてしまったピカソ、と表現するのが一番イメージがつきやすいかもしれない。
とにかく不安や恐怖を煽る絵ばかりだ。
しかし何故だろう、どこか愛らしくて心が洗われるようにも思えた。
空虚な感情と恐怖に揺れ動き、世に苛立ちを覚えるバスキア。彼の軌跡を目で追う内に、穏やかで晴れやかな気分が訪れた。
心の奥が、温かい。
哲学者アリストテレスは、『詩学』という著書の中でこう述べているそうだ。ギリシャ悲劇を観ることで、心の中に沈殿していた暗い感情が解放され、気持ちが浄化される(=カタルシスを得る)、と。
エンターテイメントにより涙を流し、感情を吐き出すことは大きなストレス発散になるのだ。
※知識元:『アウトプット大全』(樺沢紫苑さん、サンクチュアリ出版)
バスキアの絵を見ていると、わけもなく泣き出したくなる。崩れ落ちてしまいそうになる。
会場にはたくさんの方がおられたので、もちろんそれを叶えることはできなかったが、それでも心が穏やかになった。
安堵の理由は、バスキアによってキャンバスに描かれた人々が、僕の代わりに泣き、叫び、怒り、笑ったからだ。
やはり僕にはこういった、僕とともに暗い感情と向きあってくれるキャラクターが必要なのだ。
バスキアの絵は、筆でなく鈍器で殴りつけて描いたのではと思うほどに荒々しい。それでいて羽毛のように柔らかい。
ああ、バスキア。
ひと目惚れは、本物でした。
展示会の最中、要所で音声解説をいただいた。
解説は最後、このように締めくくられた。
『バスキアは炎のように生きた。そして火は消えた。だが残り火はまだ熱い』
バスキアは美術界に彗星のごとく現れ、かの有名なアンディ・ウォーホルと合作をするほどに認められた人物だったが、1988年、27歳という若さでこの世を去ったという。
僕の心の奥に感じる心地のよい熱は、さてどんな変貌を遂げるだろう?
*バスキア展→【バスキア展 メイド・イン・ジャパン | 森アーツセンターギャラリー - MORI ARTS CENTER GALLERY】
*バスキアについての詳細記事→【バスキアとは何者か? 「黒人アーティスト」というレッテルを嫌った男|美術手帖】
*『アウトプット大全』→【学びを結果に変えるアウトプット大全|サンクチュアリ出版】